初等科16.8. なぜ、押し売りが起こるのか?

博多展示会お買い物ついでに立ち寄ったショッピングセンターにある呉服店(ごふくてん)でのこと。好きなきものを見ていたら「掛けてみませんか?」と言われ、つい気を許したのが事の始まり。洋服の上から訪問着を着せられ、腰紐(こしひも)(しば)られた上に帯まで合わされます。(ことわ)って帰ろうにも自分では腰紐を()くことができません。言葉(たく)みに数人に取り囲まれ、身動きできない状況に追い込まれるのです。買う気もないのに月々の分割払いの金額まで提示され、延々(えんえん)2~3時間も拘束(こうそく)されながら売り込み攻勢(こうせい)をかけられます。挙句(あげく)()てにローン契約(けいやく)にまで持ち込まれるケースは、よくある話です。

気軽な気持ちで着付を習いに行ったら、ある日突然、お教室の先生から「きもの展示会のお誘い」があります。展示会場には、今まで見たこともない問屋(とんや)の人やきもの販売専門の女性アドバイザーがいて、あの手この手で勧誘してきます。それもそのハズ、販売のエキスパートが手ぐすねを引いて待っていたのです。商品知識も応酬(おうしゅう)話法も、高度にマニュアル化された中で訓練された販売員ですから、素人(しろうと)の手に()える相手ではありません。結局、自分の好きなきものだったと言え、買ったと言うより買わされた感が後味(あとあじ)悪く残ります。

アンケート調査などと、本来の販売目的を告げずに近づき別室に案内し、長時間にわたり数人で取り囲んで執拗(しつよう)に売り込む、いわゆるキャッチ商法・監禁(かんきん)商法などは論外ですが、スーパーなどに店舗を持つきものチェーン店、デパートなどでの催事販売会、多くの着付教室でも、大なり小なり「消費者不在」の強引な販売が行われているのが実態のようです。もちろん、そうではない「お客様本位」の真面目(まじめ)な呉服店や着付教室もたくさんあります。でも、当たり前の売り方をしている真っ当(まっとう)なお店や教室は、問題が無いのですから話題にすらなりません。まさに「悪貨(あっか)良貨(りょうか)駆逐(くちく)する」状況です。

きものチェーン店やデパートの呉服部門は、今ではメーカーや問屋から商品を仕入れることがなくなりました。要するに、商品を借りて「売れた分」だけを支払う「消化仕入れ」と言われる取引をしています。その上、販売会には納入業者は販売スタッフを送り込まなくてはなりません。それもそのハズ、有名デパートでさえ呉服の専属スタッフは、今やほとんどいないのです。つまり、「借り物の商品」と「借り物のスタッフ」が消費者と向き合っているのです。販売会が終われば、デパートは業者へ「売上に対する商品原価」を支払います。この方式の利点は、売り手が多額な商品在庫を持たなくても良いことで、きもの流通業者の間では、ほぼ同じような形態がとられています。

しかし、一見合理的に見えるシステムですが、実は、ここには大きな落とし穴があります。商品を仕入れる必要が無くなった担当者は、「売れ残り:デッドストック」という恐怖からは解放されますが、それと引き換えに、色柄に対するセンス、価格に対する影響力を放棄(ほうき)することになります。商品の仕入は、売れるか売れないか、いわば、「カネを支払う」ことは「(いち)(ばち)か」の命を掛けた勝負です。きものの色柄・生地に対する厳しい評価、一円でも安く仕入れるのは当然で、これこそがデパートの権威、専門店のブランド(りょく)だったハズなのに……。

また、きもの販売を主目的とした安易な「着付教室」が乱立する状況が続いています。確かに、着付を習えば、きものが欲しくなるのは理にかなっていますが、生徒はきものを買うために着付を習いに来る訳ではありません。これでは全くの本末転倒(ほんまつてんとう)と言わなければなりません。余談になりますが、染匠は1978年、呉服屋として日本で初めて着付教室を開校し、NHKの全国放送でも取り上げられ脚光を浴びましたが、それは、きものを買っても着れない人のために無料で教える「サービス教室」が最初でした。それも社員教育中の講義に、お客様が無理やり参加されたのが切っ掛けだったのです。売るのが先か、教えるのか先か、外観からは同じように見えても企業ポリシーは根底から異なっています。

さて、なぜ、押し売りは起こるか。「売り手と買い手の間に、継続的な付き合いがない」「売り手に余裕がない」からと考えます。企画販売や催事販売での販売員は、常時勤務している社員ではありません。問屋の社員なら出張宿泊費、交通費もかかります。その日の売上を作るのは至上命題です。また、きものアドバイザーは、売上成果を出さなければ、次の仕事はありません。要するに、お客の気持より、売り手側の事情が優先します。「また今度来た時に……」このような、なまぬるい対応は許されるハズもありません。結局のところ「背に腹は代えられぬ」悪循環(あくじゅんかん)が続きます。

初等科17.15.2
初等科17.15.3
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続・着こなし3.1.1
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